□解説
後醍醐帝に忠誠して湊川の戦いで自決した楠正成は、その死後、「大楠公」として忠臣の鑑となり、これが湊川神社の創建に繋がり、先の大戦において軍人の鑑として崇められるようになる。菊水紋は、楠正成の紋で、軍人のシンボルとされた。
日本刀鍛錬会(靖国神社)で修行した日立金属(株)安来工場の村上道政(銘:正忠)・森脇要(銘:森光)の両氏は、昭和15年、湊川神社の御用刀匠となり海軍士官用軍刀を作刀した。此処で作刀された刀のハバキと茎には菊水紋が彫られ、「菊水刀」と呼ばれた。
本作、身幅広く、重ね豪快に厚く、先優しく、小切先、反り姿美しく、踏ん張りを見せる。
地肌 小板目、柾を交えるも、微塵に詰み、地沸つき、金色明るく冴えて精美。
刃紋 互の目丁字、匂い深く、足長く盛んに入り、刃味明るく深々と冴えて雅味あり。
鋩子/直に先小丸。
菊水紋の入ったハバキh欠落するも、地刃・体配・中心仕立・切銘全てに整い、正に「湊川」、宝刀の名に恥じぬ名作。